研究テーマ

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研究内容の概要

我々の体は多くの細胞(約260種類・40兆個)で作られています。つまり、細胞の機能を理解することが生命現象の理解につながると考えて研究を行なっています。

特に我々は体細胞が初期化されてiPS細胞に変化する過程で何が起こっているのかを明らかにしようとしています。また、iPS細胞そのものの性質の理解も進めています。

最終的には、初期化メカニズムiPS細胞の性質を完全に理解することで再生医療の発展に貢献したいと思っています。

以前から当グループでは初期化因子(山中因子)のひとつであるMYCの機能解析を進めてきました。マウスの細胞を使った研究結果から、c-Mycを使って作ったiPS細胞は癌化の危険性があることが分かりました(導入に使っていたレトロウイルスの関係)。この課題を克服するためにMYCを用いずにiPS細胞を作れることを見出しました(Nakagawa et al., 2008)。しかし、MYCを使わずに作ったiPS細胞は「質」の点で劣ることが分かり、スタートに戻ることとなりました。その後、c-MYCの代わりとなり癌化の危険性の無いiPS細胞を作ることができる初期化因子としてMYCL (L-MYC) を発見しました(Nakagawa et al., 2010)。

c-MYCとMYCLはMYC family遺伝子として知られており、保存された機能ドメインはよく似たアミノ酸配列から成っています。ですので、c-MYCとMYCLの機能が違うことは驚きであり、非常に面白いと考えさらなる研究を進めています。

2021年末にはMYCLの初期化における機能の一端を明らかにした論文を発表しました(Akifuji et al., 2021)。

初期化促進にがん抑制遺伝子p53の機能阻害が効果的であることが分かっています(Hong et al., 2009)。MYCはがん関連遺伝子ですので、初期化という現象は分化した体細胞(皮膚や血液などの細胞)をがん化させているということになります。しかし、作られたiPS細胞はがん細胞と違い正常に自己複製(増えること)し、様々な細胞に分化(変化)することもできます。

MYCの機能解析以外にもいくつかの研究テーマを進めています。

ひとつは、初期化因子の一つ、KLF4の機能解析です。KLF4は山中因子として最初の初期化因子として報告されましたが、分子機能については不明な点が多く残っています。それを明らかにするためにKLF4に結合するタンパク質の同定を行い、いくつか興味深い結合パートナーが見つかっています。現在鋭意研究中です。

iPS細胞の未分化維持機構の解明も進めています。iPS細胞はシャーレで培養するときに栄養を含んだ培地の中で生育します。その培地の中の因子、bFGF、はヒトのiPS細胞の未分化維持に重要な働きをしていることは分かっています。しかし最近我々はbFGFの新たな分子機能を見出し、その研究を進めています。

他には、iPS細胞をより効率よく作ったり培養したりする方法の開発を日々行なっています。これは臨床応用を見据えたものであり、世界中で開発競争が進んでいます。我々も負けないように新たなiPS細胞の樹立方法・培養方法の開発に取り組んでいます。

基礎研究として「初期化メカニズムの解明」「未分化維持機構の解明」を行うことは「新しいiPS細胞の樹立法の開発」「効率的なiPS細胞の培養法の開発」につながります。さらには、iPS細胞を活用した臨床応用の発展に貢献できると考えています。実際に、当グループで開発したiPS細胞の新たな培養方法は現在臨床応用で使われているiPS細胞ストック(現在はiPS細胞研究財団で製造中)の製造・培養法として活躍しています(Nakagawa et al., 2014)。さらに我々が見つけた初期化因子のMYCLも製造に使われています(Nakagawa et al., 2010)。

将来は個人個人のiPS細胞を作り、それらを中心とした情報解析(ビックデータ、AIの活用)による公衆医療への貢献ができればと考えています。そしてその先にはオーダーメイド医療の実現を夢見ています。その人に合った薬・治療などをビックデータを活用して導き出せる世の中になれば面白いだろうと考えています。

私は基礎研究者でありますが、基礎研究を進めることが応用研究・臨床応用につながることをiPS細胞研究に携わることで実感してきました。応用の場面で生まれた課題は基礎研究で解決し、それを応用することでステップアップしていくことが可能と考えています。基礎研究は地味な印象があるかもしれませんが、「基礎研究を極めればおのずと応用につながる」と確信しています。